今日はなんとなく、私がミニマリストを目指したきっかけを語ろうと思います。
ちなみに、現在目指し中であって、現実はまだまだ「どこがやねん」という暮らしぶりです^^;
トップ画像はもちろん私のお部屋ではなく、素材サイトの写真です。
本当のミニマリストの方からすると、これでもまだ物は多い方なんでしょうね。
私はまだまだここに至らず、これくらいすっきりしたいな~な状況です。
前提 物が溢れ気味の日本一般家庭で育つ
サラリーマン父と専業主婦の母の元に産まれ育ちました。きょうだいは私を入れて3人。
母が途中から働き始めたのもあって、3人とも大学まで出させてもらう程には裕福な家庭でした。
が、その反面というか……。
父はパソコンなどのガジェット好き。
母は新しいもの好き。
ゴミ屋敷とまではいきませんが、部屋に何かしら物がごちゃごちゃある家庭環境で育ちました。
ミニマリストを目指したきっかけ3つ
そんな「物があるのはあたり前」な状態で育った私がなぜミニマリストを目指すようになったか。
大きなきっかけとしては以下3つがあります。
大学卒業後、物置にされていた部屋の掃除に3ヵ月かかる
大学は実家を離れていて、地元就職のため卒業後に戻ってきました。
生活が安定するまでは、としばらく実家で暮らすことに。
経験された方はご存じかと思いますが、長いこと家を空けると部屋が物置化されちゃうんですよね^^;
私の部屋も御多分にもれず、私物&家の物品で溢れかえる状況に。

すり足して進まないとベッドまで辿り着けないぞ!!
ひとまず人か暮らせるような状態になるまでに3ヵ月かかりました。
大量の物の管理・掃除は時間と労力を奪われると気づく
今思うと、社会人になる前の、最後の自由な時間だったんですよ。
苦しい苦しい物の片づけと掃除に、その貴重な3ヵ月という時間と労力を奪われていきました。
しかも、あれだけ多くの時間と労力を投資したのに、部屋にはまだまだ物がある!
どれだけ物があったのだと。
しかも、本当にくだらないものがいっぱいあったんですよね。
思い出の品はまだしも、「なんでこんなものとっておいてんだ?」みたいな代物ばかり。
そんな本人すら意味も価値も感じていないもに、私の3ヵ月は奪われていったのです。
断捨離・ミニマリストブーム
部屋の片づけは完了したものの、ひとまず人が暮らせる程度でありミニマリストの部屋には程遠い状態でした。
そんな中タイミングよくやってきた断捨離・ミニマリストブーム。
ここで、物が手放せない人の心理的状況というものを知ることになります。
確かに、私も「足りない自分を補完」するために物を持とうとしていたことがあったなと。
例えば、ファッションにあまり興味ないので、気づくと似たようなテイストの服ばかりになるんですよね。
そうすると、周りのオシャレな人達から「ダサイ」だの「同じ服ばかり着てる」だの言われます。
そこで、自分に自信がないから、別にどんな服着てたっていいじゃないと毅然とふるまえないから、服を買う。
好きでときめくからその服を買う
のではなくって、
人に馬鹿にされないために服を買う
になっていました。
そりゃどれだけ服を買い足しても心は満たされないよなーと。
あとは、単純に綺麗な片付いた部屋って綺麗だなーと事例写真に憧れ。
私もスッキリシンプルな部屋に住みたいなと夢を募らせるようになりました。
会社員を退職してライフスタイルが変わった
こちらにも書きましたが、会社員を退職して仕事関連の服を一気に断捨離しました。
この時、「捨てようかなーどうしようかなー。あーやっぱとっておこうー」の繰り返しこそが、
- 迷う時間
- 積もる精神的苦痛(また捨てられなかった、時間かけた割に全然片付いていないという自己嫌悪)
の理由でもったいない! と心底思い知りました。
迷ったら捨てる!!
それを今は肝に銘じられるようになりました。
さらに、拠点を数か月単位で変えるという生活を一時期していました。
そうすると、強制的にスーツケース一つで持ち運べる必要最低限の物しか持たないということを意識せざるを得ない状態になってくるわけです。
- 服
- 生活用品
- 手帳関連
- デジタル関連……
まだまだミニマリストやノマドワーカーには程遠いですが、
もっともっとシンプルに、必要なものだけを凝縮したい! という思いのもと、日々過ごしています。
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